野球部訪問 第5回 県立宇都宮北高等学校(栃木)

第54回 県立松山商業高等学校(愛媛)2012年01月12日

【目次】
[1]プロローグ~「松山商業硬式野球部」の方向性問われる冬合宿再び
[2]初日~現状が現れる反応の鈍さ
[3]2日目~壮絶練習によって洗い流された「怠惰」
[4]最終日~チーム一丸。急坂道で得た「変化への胎動」
[5]その一瞬のため~松山商業硬式野球部、勝利への努力は続く


特集 ライバル校 冬の実況中継

プロローグ~「松山商業硬式野球部」の方向性問われる冬合宿再び

秋季愛媛県大会準々決勝・今治西戦での円陣

"秋季愛媛県大会準々決勝・今治西戦での円陣"

 あの、激しかった冬合宿から一年が経過しようとしていた。

 春季愛媛県大会 中予代表決定戦敗退
 選手権愛媛県大会 2回戦敗退
 新人中予地区大会 ベスト4
 秋季愛媛県大会 ベスト8
 1年生中予地区大会 2回戦・初戦敗退

 これが2011年、愛媛県立松山商業高等学校硬式野球部が公式戦で残した成績である。ご覧になればおわかりの通り、過去に春16回・夏26回の甲子園出場、春は20勝14敗、夏は60勝21敗1分の高勝率を誇り、うち春2回・夏4回の全国制覇。

2年生エース阿部健太(東京ヤクルト)を擁し2001年夏にベスト4進出を果たして以来遠ざかる甲子園帰還と、「夏将軍」復活を常に期待される彼らとしては、いささか物足りないものといえよう。

 さらに「いささか物足りない」のは成績ばかりではない。普段の練習にもその空気はそこかしこにある。熱血漢の重澤和史監督がノックバットを振るう日と、監督出張時とは明らかに異なるグランドの空気感。それでも公立高として平均レベルの練習はしているものの、いざシートノックに入っても技術不足ばかりか、集中力の欠如から生まれるミスは1つや2つではない。そこには残念ながら「全国制覇」を掲げる名門・松山商業の矜持(きょうじ)は見られない。
※矜持=自負やプライド

 「新チームになって最初のミーティングで選手たちに話をしたんですが、彼らからはなぜか『やったるぞ』という気持ちを感じなかったんですよ。これも僕らの指導不足だと思うんですが・・・」松山商赴任前は弓削でたった1人の野球部員を指導した経験を持つ程内大介部長も、選手41名・男子マネジャー1名の熱くなりきれない現状に首を傾(かし)げる。

愛媛県立松山商業高校 重澤和史監督

"愛媛県立松山商業高校 重澤和史監督"

 だが、その一方で彼らがそのようになってしまう理由はある。愛媛県勢はこの夏、今治西が出場も初戦敗退。秋も松山商が準々決勝でサヨナラ負けした今治西はじめ、出場3校は全て四国大会2回戦までに敗退。

 豊富な情報は雑誌等で手に入り、甲子園すらOBたちから聴く遠い話である彼らにとって、松山商の甲子園制覇が現状遥か遠い場所にあるのは容易にわかること。

 ならば、成績があがらない現状の練習法に彼らが疑問を呈したくなるのも理解できなくはない。

 では、これからの松山商はどこに進めばいいのか?
 歴史を継承すべきなのか。それとも変革を加えるべきなのか?あくまで勝利に固執すべきなのか?それとも勝利至上主義を捨てるべきなのか?
 今回の冬合宿テーマは「覚悟」を決めて夏に挑む。必ず自分を「変えてみせる」であるが、それは硬式野球部全体に課せられたテーマでもあるのだ。

 重澤監督の合宿冒頭におけるミーティング訓示もその意味合いがふんだんにこめられていた。

「全て積極的にいくこと。合宿中、1つでもいいから1位になれるものを作れ!」

 昨年は終始「ついてこい」と言い続けた方針の変化。どうやら指揮官も相当の覚悟を持ってこの合宿に臨んでいる。かくして2011年12月28日午後、夏将軍にとって今後の命運を握る2泊3日の冬合宿が再び始まった。

印刷する  この記事をYahoo!ブックマークに追加  この記事をクリップ!  このエントリーをはてなブックマークに追加   

【次のページ】 初日~現状が現れる反応の鈍さ


【関連記事】
第16回 県立松山商業高等学校(愛媛)【野球部訪問】
明徳義塾vs松山商【2010年秋の大会 第63回四国地区高校野球大会】
第20回 第63回秋季四国地区高校野球大会展望【大会展望・総括コラム】
第63回(平成22年度)秋季四国地区高校野球大会 組み合わせ決定 【ニュース - 高校野球関連】
松山商vs宇和島東【愛媛県 2010年 平成22年度秋季愛媛県大会】
松山商vs帝京五【愛媛県 2010年 平成22年度秋季愛媛県大会】
帝京第五vs松山商業【愛媛県 2010年 夏の大会 第92回愛媛大会】
松山商 【高校別データ】

プロフィール

寺下友徳
寺下 友徳
  • 生年月日:1971年12月17日
  • 出身地:福井県生まれの東京都東村山市育ち
  • ■ 経歴
    國學院大學久我山高→亜細亜大。
    幼稚園、小学校では身長順で並ぶと常に一番後ろ。ただし、自他共に認める運動音痴から小学校入学時、早々に競技生活を断念。その後は大好きなスポーツに側面から関わることを志し、大学では応援指導部で4年間研鑽を積む。亜細亜大卒業後はファーストフード販売業に始まり、ビルメンテナンス営業からフリーターへと波乱万丈の人生を送っていたが、04年10月にサッカーを通じて知り合った編集者からのアドバイスをきっかけに晴れてフリーライター業に転進。07年2月からは埼玉県所沢市から愛媛県松山市へと居を移し、現在は四国地域を中心としたスポーツを追いかける日々を過ごす。
  • ■ 小学校2年時に福岡からやってきた西武ライオンズが野球と出会うきっかけ。小・中学校時代では暇さえあれば足を運んでいた西武球場で、高校では夏の西東京予選の応援で、そして大学では部活のフィールドだった神宮球場で様々な野球を体感。その経験が取材や原稿作成の際に「原体験」となって活きていることを今になってつくづく感じている。
  • ■ 執筆実績
    ネットでは、『高校野球ドットコム』、『スポーツナビ』、書籍では『野球小僧』シリーズ(白夜書房)、『ホームラン』(廣済堂あかつき出版)などで野球原稿を執筆中。また、サッカー原稿についても『週間サッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画社)、 『サッカー批評』(双葉社)他、多数媒体での執筆実績あり。
  • ■ ブログ:「寺下友徳の「四国の国からこんにちは」

コメントを投稿する

コラム